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自分の「差分」を残したいという、ささやかな欲求

インプットでいくら感動してもその人は輝かない。 | カジケンブログ

にて引用されていたこのツイートにノックアウトされた。


自分とは「差分」であるという定義。これはすごい

考えてみれば、自分が生まれる前は無。そして、死んだ後も無。

死ぬときに持っていけるものは何もない。

さすれば、自分が生きていた証は、いったいどれだけのものを残せたか。だ。

「残す」というと、「財産」かと思ってしまうが、お金は残っても、使われてしまえば、それも、無だ。

そうすると、死んだ後に残せるものは、自分の遺伝子か。

幸いなことに私は、自分の遺伝子はこの世に残すことが出来た。

でもそれは、肉体レベルのことであって、魂レベルではいったい何を残せるのか?

優れた役者や音楽家ならば、自分の作品を永久に残すことができるだろう。

そこまでは行かない我々、凡人は、何を残すことができるだろうか?


人生も2/3以上を間違いなく過ぎた私が、最近また、ブログなどをやり始めたのも、もしかしたら、自分の「差分」をなにがしか残したいという、ささやかな欲求が出てきたためなのかも知れない、とふと思った。