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人生は壮大な娯楽。この世はゲーム。

宙(そら)が教える「受け取る」の仕組み

宙(そら)が教える「受け取る」の仕組み

を読んだ。

前半のMana氏が説く、『受け取る』の仕組みは、正直、難しかった。

巻末付録という感じで収録されている、雲 黒斎氏との対談の中に、非常に面白く、印象に残った部分があった。

この世をゲームに喩えた話である。

今まで人間は自分がゲームの開発者であることを忘れて、また、プレイヤーとしての自覚もなくなって、すっかり「マリオ」だと思い込んでいた。
ゲームの世界を現実だと誤認し、キャラクターと自分を重ね合わせてしまっていた。だからこそ、深刻で苦しい人生が展開されることになっていたんです。

人生は「壮大な娯楽」であると、雲氏は言い切る。

我々は、ゲームを楽しむために、自分でゲームを作り、それをプレイして遊ぶためにこの世に生まれてきた。

でもいつのまにか、自分がゲームにのめり込んで、そのキャラクターに成りきりすぎて、だから、キャラクターがゲームの中で遭遇する、あらゆる苦難や困難が自分の人生だと思い込む。

でも、その苦難や困難は、あらかじめゲームに作りこまれたものに過ぎない。時として、人はそれを嘆き混じりに「運命」だなんて言ったりして。

我々が経験しているのは、「現実」ではない。バーチャルな世界だ。映画「マトリックス」みたいだが。
そのことに気付くこと、自分はゲームの中のキャクターではなく、プレイヤーだったということを思い出すこと、それが「悟り」だ。

我々が、生まれてくるときに全てを忘れて生まれてくるのは、そのゲームを存分に楽しむため。何故なら、この先どうなるか分かっていたら、ゲームは何も面白くないから。

この先どうなるかが分からないから、ゲームをクリアしていくのは大変だけれど、それを楽しまなくちゃいけない。そのために、我々は生まれてきたのだから。「人生を楽しむ」とはそういうことだったのだ。

もちろん、ゲームなんだからクリア出来ないことは当然ある。簡単にクリアできるゲームは面白くない。

その時には、「もう一度やりますか? Y/N」という画面が出るようになっている。

そこで、「Y」を押したら、もう一度この世に生まれてくる。それが輪廻転生だ。

よーし、今度こそクリアするぞ!っていう。


以上はあくまでも、一つのアナロジーだ。でも「そう考えると色々つじつまがあって腑に落ちる」というのは、とても好きだ。

そういうとき、私は、単なるアナロジーじゃなくて、これはきっと本当のことだぞ? と思うのだ。


今日はちょっとスピリチュアルになりすぎた。

でも、この後に、もう一つとてもステキな話が載っていたので、それはまた後日に書きたい。