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「好き」は神様がくれたヒント

「好きだから上手くやれる」のではなく「上手くやれるから好きになる」 - ICHIROYAのブログ

を読んで。

そもそも「スケートが好き」と言う選手は、「スケートが好き」という「パッション」をカラダの中に宿してこの世に生まれてきたのだろうか。
 そんなはずはない。
 もしそうだとしたら、彼女がフィジーの漁師の家に生まれたら、その生来の「パッション」は発見されないままに一生を終えることになっただろう。彼女はなにかほか「もの」に自分の運動の才能をみつけたかもしれないし、それすらみつけないままだったかもしれない。

私はこれとはちょっと違った考えを持っている。

私は、人は生まれる前に、次の人生では何を課題として生きようかを決めて、それをするのに一番ふさわしい環境を選んで生まれてくると思っている。これが原則。だから、

彼女はスケートをやることが人生の課題であるならば、きっとフィジーの漁師の家には生まれてこないはずだ。

もちろん、生まれた時には「スケートが好き」という「パッション」をカラダの中に宿してはいないだろう。でも、そのうちに何かのきっかけで、必ず自分がスケートが好きなことに気づく時が来る。好きなことというのは、すなわち、それが自分の人生の課題だったということだ。

「必ず」と言い切れるのは、それをすることが目的でこの世に生まれているからだ。それをするために一番良い環境や両親を選んで生まれてきているからだ。

でも、生まれてしばらくはその目的を忘れていて、何かのきっかけで思い出す。神様は、生まれてきた目的を思い出すように、色々なヒントやきっかけを用意してくれる。

だから、人生で自分がやるべきことを見つける(正しくは「思い出す」なのだが)ためには、神様が目の前に用意してくれた色々なヒントやきっかけをつかむことが大事なのだ。

それは色々な形でやってくるだろう。まずなんでもやってみるということが大事なのは、それをつかむためだ。

「好きなこと(パッション)」を探すのではなく、さまざまなことをとにかくやってみて、「上手にできそうなこと」を探すことが、与えられた人生をもっとも楽しく生きるコツになるのではないかと思う。

だから、ここのところはその通りだと思う。

好きなことがない。自分が何が好きなのかわからない。

そういう人は多い。そういう人は、行きたいと思ったところに行ってみる、色々な人に会ってみる、面白そうだと思ったらやってみる。

それが大事だ。そうこうしているうちに、きっと神様は何度でもあきらめずに、あなたが生まれてきた目的に気づくまで、目の前にヒントやきっかけを提示してくれるはずだから。

そして、何かが「好きだ」と思ったら、それをとことんやってみる。

「好き」と感じる自分の感覚を信じて、どんどんやればいい。

何かが「好き」だというのは、「それをやれ」と神様が言っているということなのだ。